2013年09月22日

2014年のミス・アメリカのニーナ・ダブルリ「ミス・アメリカという親しみやすい女の子像は、米国の多様性が広がるとともに進化している」と語る



2014年のミス・アメリカ(Miss America)コンテストでインド系米国人として史上初の優勝を果たしたニーナ・ダブルリ(Nina Davuluri)さん(24)は、直前の15日のインタビューで「親しみやすい女の子」というミス・アメリカ像を語っていた。

「ミス・アメリカというのはずっと、親しみやすい女の子のことだと思ってきた。親しみやすい女の子像は、米国の多様性が広がるとともに進化している」

 同じインタビューでダブルリさんは、中国系米国人のセレブ司会者ジュリー・チェン(Julie Chen)さんが目を整形していたことについて聞かれると、批判的な言葉を巧みに避けながら「人に外見を変えてほしいとは思わない。ありのままの自分に自信を持ってほしいと思う」と語った。

 米ニューヨーク(New York)州シラキュース(Syracuse)生まれのダブルリさんの両親は、インド南部アンドラプラデシュ(Andhra Pradesh)州の出身だ。ミス・アメリカ・コンテストでダブルリさんは、そのルーツを全面に打ち出し、「チョリ」と呼ばれる丈の短いブラウスを身に着け、ルビー色の衣装でボリウッド(Bollywood)風のダンスを披露した。

 ミス・アメリカは女性を物のように扱う時代錯誤なコンテストだという批判がある一方で、主催者側はこのコンテストを「アメリカそのもの」だとみているというのは、米国の人種の推移とミスコンテストに関する著書をまもなく出版するカリフォルニア州立大学フレズノ校(California State University at Fresno)の歴史学者ブレーン・ロバーツ(Blain Roberts)氏だ。「インド系米国人として初の優勝者が生まれたことは、女性の美についての私たちの概念、また米国人らしさの概念をいっそう広げるものだ」

 92年の歴史を持つミス・アメリカでは最初、非白人は除外されていた。ロバーツ氏によれば、米国では1950年代に人種差別に対して注意が向けられつつあったものの、ミス・アメリカではこの頃から「南部美人(Southern Belles)」と呼ばれる、かつての南部連合国(the Confederacy)出身の出場者らが優勢を保った。アフリカ系がようやくミス・アメリカに選ばれたのは83年のバネッサ・ウィリアムズ(Vanessa Williams)さんが初めてだったものの、ウィリアムズさんは後にヌード写真をめぐるスキャンダルでタイトルを返上した。

 台湾系でニューヨーク州選出のグレース・メン(Grace Meng)下院議員は、今回のダブルリさんの優勝を、第2次世界大戦直後の1945年にユダヤ系として初めて栄冠に輝いたベス・マイヤーソン(Bess Myerson)さんになぞらえて称えている。

■変わる米国社会、変わる民族や美への意識

 論争の的になっている問題の一つは、米国のマイノリティーたちが意識的か無意識的かを問わず、白人の美しさの概念に迎合しているのではないかという点だ。セレブ司会者のジュリー・チェンさんは、駆け出しの頃に上司から圧力をかけられ、目の整形手術を受けたと告白した。アフリカ系米国人については、縮れた頭髪を直毛に矯正した人がこれまでに大勢いる。

 しかし2008年にバラク・オバマ(Barack Obama)氏が黒人初の大統領に就任し、先住民出身の州知事が2人誕生するなど、米国の状況はある意味で急速に変化した。40年までにはヒスパニック系以外の白人が少数派に転じる見込みだ。

 市場調査会社ミンテル(Mintel)の最近の調査によると、アフリカ系米国人女性の4分の3近くが頭髪を自然のままにしており、縮毛矯正剤の売れ行きは08年以降26%も落ち込んでいる。

 米独立系世論調査機関ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)が10年に実施した調査によると、異人種間結婚を認めるとの意見は65歳以上で36%にとどまった一方、30歳以下ではほぼ全員が容認する姿勢を示した。「世代を追うごとに、多様化した多文化社会での生活になじんでいる」と、マサチューセッツ大学アマースト校(University of Massachusetts Amherst)の社会学者C・N・リー(C.N. Le)氏は言う。

 南アジア系米国人のためのオンライン・マガジン「エアログラム(The Aerogram)」の創設者ラクシュミ・ガンジー(Lakshmi Gandhi)氏は、ダブルリさんが自分のルーツを打ち出したことに対する反響が圧倒的に好意的だったと指摘。「ミス・アメリカの決勝大会で、英語を一言も話さずボリウッドダンスを披露したのは素晴らしい」

 ガンジー氏はまた、ダブルリさんの優勝をめぐる人種差別的コメントをマスメディアが取り上げることを批判した。「そうしたコメントをツイッター(Twitter)に投稿する人間に、5人や10人のフォロワーがつくことは、誰もが分かっている。そうした意見をなぜ世界に知らしめようとしているのか分からない」

 これまでミス・ワールド(Miss World)では5人のインド人女性が優勝しているものの、米国で南アジア系の人々に対するイメージは「セクシー」より「オタク」が優勢だ。

 ダブルリさんはSFが好きな点や、脳行動の学位取得、医学大学院への進学希望など、オタク的傾向があることを率直に認めている。「面白いのは、ダブルリさんが科学を専攻し、オタクであることについて語っている点だ。そうした経歴とミスコンテストでの優勝は互いに矛盾しないことが示されている」
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2013年09月19日

英ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館で21日から2014年1月19日まで、真珠のジュエリーを集めた展覧会「パール(Pearls)」が開かれる



英ロンドン(London)のヴィクトリア&アルバート博物館(Victoria and Albert Museum、V&A)で21日から2014年1月19日まで、真珠のジュエリーを集めた展覧会「パール(Pearls)」が開かれる。

 会場には王侯貴族やセレブリティが身に着けたとされるパールのジュエリーが展示され、その作品の裏側にある科学技術についても解説されている。
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2013年09月11日

ディータ・ヴォン・ティースが4日、自身がプロデュースするランジェリー・コレクション「Von Follies」のポップアップショップオープンを記念して、ドイツ・デュッセルドルフにある百貨店「カールシュタット」を訪れコレクションをPR



ディータ・ヴォン・ティース(Dita Von Teese)が4日、自身がプロデュースするランジェリー・コレクション「Von Follies」のポップアップショップオープンを記念して、ドイツ・デュッセルドルフ(Duesseldorf)にある百貨店「カールシュタット(Karstadt)」を訪れた。

 当日は、ディータのランジェリーを着用したモデルらが店内を周り、コレクションをPRした。








★ディタ・フォン・ティース
ディタ・フォン・ティース
Dita von Teese

生誕
1972年9月28日(40歳)
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国・ミシガン州ロチェスター

職業
バーレスク・モデル

配偶者
マリリン・マンソン(2005年 - 2007年)
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ディタ・フォン・ティース(Dita von Teese、本名:Heather Renée Sweet、1972年9月28日 - )はアメリカのバーレスク・ダンサー、フェティッシュ・モデル。バーレスクを復活させたとして「クィーンオブバーレスク」の名で海外では呼ばれる。

読み方はディタ・フォン・ティースよりディータ・ヴォン・ティース名が日本では一般的。

現在、ハリウッドに在住。


経歴
3姉妹の長女として9月28日にミシガン州にうまれる。母親はネイリスト、父親は技術士。両親は彼女が10代の時に離婚をしている。母親が好んで見ていたと言うハリウッド黄金時代の映画女優や、父親が購買していたPLAYBOY誌のランジェリーなどに強く影響を受けているという。また、年老いても赤く染めた髪、長い爪にはマニキュアを施し、アイライナーを欠かさず自身を飾り立てる事をしていた叔母の存在が、芯のある美意識の存在として一番影響受けた身近な人物として答えている。

子供の頃からコルセットなどの凝ったランジェリーやストッキングが好きだった事も重なり10代の頃はそれらに携わるアルバイトをした経緯を本人が語っている。5歳からバレエを習い、19歳でストリップ・ダンサーになった彼女は、ストリップの世界があまりにも個性がない事に失望。複雑なダンスに小道具やキャラクター(1930年代、40年代のミュージカルや映画からヒントを得て)を加えた独自のスタイルを作り上げ、バーレスクダンサーの方に転身する。大学ではクラシカルな服装などの研究などもしていたがやる事が、これ以上ないとの判断により退学している。

また、10代の頃からヌードなどのモデルもしている。当初は地毛である金髪でモデルをし、茶色(海外で言う所の赤毛にあたる)に髪を染めてモデル活動もしていたが、ボンデージモデルの先駆者ベティ・ペイジに着眼し、ブルネットに染めた。以降仕事が増えた事もあり、黒髪は彼女のトレードマークとなる。またもう一つの彼女のトレードマークとも言える左目尻付近のホクロは生まれながらのものではない。ホクロはキャリア初期に刺青として彫ったと雑誌で発言している。往年のピンナップ・モデルを思い起こさせる彼女のスタイルは、他のどんなモデルとも一線を画している。

彼女のウエストは22インチ(約56センチ)であり、コルセットを使用すると17インチ(約43センチ)まで細くなる。豊胸手術を含め美容外科手術を施してはいるが、ウエストは長きに渡って絞り上げてきたものであり、完全なる肉体改造による。よってディータのウエストに憧れて無茶にウエストを絞るのは内臓などを圧迫し危険な行為でもある。

コルセットやラバーなどのフェティッシュな素材の洋服を身に着ける事、SM的な行為などを本来から好み、フェティッシュモデルとしての仕事を洋服やランジェリー、アダルトグッズのカタログなどを下半身も露なモデルとしてさまざまこなし起用も沢山された為に徐々にディータの知名度は広まる。

最終的にはPLAYBOY誌に掲載されるにあたり、Ditaだけではないモデル名を、とヒュー・ヘフナーのアイデアのもと電話帳をめくっていたディータはこれ、として決めたものを提出。しかし誤って認識されてしまい決めたものと違う名前になってしまうが、本人はそちらを面白いと受け入れ現在の名前フォン・ティーズと言う名前がついた。PLAYBOY誌に掲載された事により一夜にして環境が変わった事を本人はコメントしており、現在も関連するイベント等には欠かさず顔を出す程である。

1999年、2001年、2002年、アメリカでは3回「PLAYBOY」で特集されている。2007年スペイン版カバーは現在の知名度と本業を前面に出した撮影が行われている。また、ディータ(Dita)名義で多数のフェティッシュマガジンや映像に出演、女優としてはディータ名義だけではなく本名のヘザー・スイート名義で数本の映画にも出演している。

マリリン・マンソンとの結婚
90年代に自分のサイトにて写真などを公開。その会員制メンバーには著名人も何名かいたが、その中でも彼女の熱烈なファンだったミュージシャンのマリリン・マンソンは自身のPV「mOBSCENE」へ出演を依頼。2000年から交際が始まる。

2005年の12月、5年間交際していたミュージシャンのマリリン・マンソンとアイルランドで結婚した。式は無宗派で行われ、執り行ったのは映画監督のアレハンドロ・ホドロフスキー。彼女はヴィヴィアン・ウエストウッドによる紫色のタフタのガウンにコルセット、マンソンは黒のタキシードで、60名ほどの参列者の前で誓いを立てたという。

2006年12月、ディータとマリリン・マンソンの離婚が発表された。06年にディータが離婚届を提出。一部では売名行為だったのでは、と言う意見や、金が目的だったのではなどと非難されたが、ディータ自身は既にセレブリティ相手の仕事もしていた為知名度や金銭の目的を否定している。慰謝料などの話も出ており、長い間調停中で戸籍の上では夫婦だったが、2007年12月29日に法律上の婚姻関係の解消が発表された。

セレブリティとしてのディータ

2007年には「ピーチ・ジョン」のカタログ表紙を飾り、ワコールとの協賛により来日。来日中には蜷川実花による撮影が行われ、京都観光も楽しんだ。ピーチ・ジョンのファッションショーの一環で招待客のみを集めたパーティーで、ディータは日本で初めてパフォーマンスを行った。このショーについては主催者のずさんな管理でトラブルが起きたものの、日本での知名度をかけた仕事は成功した。

2005年からアメリカのコスメティックMACにてエイズチャリティーのキャラクターアイコンとして、口紅の広告モデルおよび、パフォーマンスを世界で行っている。 パフォーマンスはMACのリップスティックをモチーフしたショーであり、アジア圏では韓国でショーを行っている。

モスキーノやジャン=ポール・ゴルチエのショーに出演したり、ルイ・ヴィトンのパーティーでパフォーマンスを披露するなど、ハイファッションの世界ではファッション・アイコンとしても知られている。きわどいと言われるものが元々好きだった為に、ヌードなどに対しての仕事には恥を感じていないと語っている。主な本業としているバーレスクのショーではクリスチャン・ルブタンやスワロフスキーなどハイクラスのスポンサーがゴージャスなショーを一層際立てている。イギリスにおいてリキュールのコアントローが2007年の新しい顔として選抜。2年間のアンバサダーを務める事になっている。

アメリカにおいてバーレスクは芸能としての認知度が高く、カンヌのレッドカーペットに呼ばれるなど、若者からは強い支持を受けている。現在のアメリカではセレブリティとして扱われている。

人物
ヴィンテージ陶器(特にティーセット)のコレクター。
クライスラーニューヨーカー('39年)、BMW Z4、ジャガーSタイプを所有する。
フェミニンな服装を好み、好きなファッションブランドにクリスチャン・ルブタン、ディオール、ジョン・ガリアーノ、エリー・サーブ、モスキーノ、マーク・ジェイコブスを挙げている。ハイファッションにも興味を示し、安いビンテージとブランドものを合わせたスタイルを好む
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2013年08月08日

韓国のスター、チョン・ジヒョン(Gianna Jun)はパリで開催された「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」のファッションショーに到着するや否や注目される



韓国のスター、チョン・ジヒョン(Gianna Jun)はパリで開催された「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」のファッションショーに到着するや否や、フォトグラファーとボディガードに囲まれた。チョンはすぐに、すでに着席していたオスカー賞受賞者、ジェニファー・ローレンス(Jennifer Lawrence)の前に着席した。

■アジアのスターが及ぼす影響とは

 数々の映画を興行的に成功へ導いてきたアジアで最も有名な一人でもあるチョンは、いまやファッション業界からも注目を浴びており、影響力のある人物とされている。

 デザイナーたちは長い間、自身のコレクションを売るためにハリウッドスターを起用していた。しかし、中国や韓国の顧客らの消費力が高まる昨今においては、アジアの映画スターに注目が集まっている。

 台湾人モデルで女優のリン・チーリン(Lin Chi Ling)もカール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)が手がける「シャネル(CHANEL)」のオートクチュールコレクションに招かれた。

 クチュールを制作するブランドが中国やシンガポールからの新規顧客を増やし続ける中で、デザイナーのカールは荒廃した過去の世界と、想像上のアジアの未来都市のコントラストをショーで表現し、東アジアの重要性を強調した。

 ラフ・シモンズ(Raf Simons)による「クリスチャン・ディオール(Christian Dior)」の多文化的なショーも、明らかに新しい市場を意識したものだった。ランウェイに世界のあらゆる国のモデルを起用したシモンズは、ディオールが「フランス・パリだけでなく、世界中の国ともかかわりがある」ことをショーで表現していると語った。

■憧れる存在、ファン・ビンビン

 中国富裕層に向けた情報サイト「Bomoda」のCEO、Brian Buchwald氏は、中国の顧客の要望に応えることは今や、「西洋諸国の企業にとって最優先事項だ」という。「中国人顧客の影響力は増大しており、それが西洋の企業のビジネスを動かしている」とAFPの取材に答え、去年は「ヨーロッパのラグジュアリー商品の売上のうち60%を中国人が担っていた」と述べた。

 このような明確な経済状況は、パリのファッションショーでフロントロウに座るアジア出身のセレブを今後ますます増やすことになるだろう。

 もっとも著名なアジア出身のスターの一人、ファン・ビンビン(Fan Bingbing)は、カンヌ国際映画祭(Cannes Film Festival)と同様、パリのファッションショーにも出席しており、「ヴァレンティノ(VALENTINO)」、「エリー・サーブ(Elie Saab)」 、「ローレンス・ズーLaurence Xu」などのドレスを着用している姿を撮影された。

 マーケティングの世界において、影響力のあるBuchwald氏は、スター達がデザイナーやラグジュアリー業界を惹きつける理由を次のように述べた。「ファン・ビンビンの美しさ、ファッションセンス、そして中国の顧客を動かす力は魅力的です」「彼女はリスクを顧みず、個性的です。そして自分自身で何を身につけるかを決めているのです。多くの中国人女性は彼女が着ているものを着こなす自信がないかもしれませんが、彼女が自分の選んだ服を着て世界で活躍するというその事実だけで人々は彼女に憧れを抱くのです」

 Buchwald氏によれば、中国人消費者はラグジュアリー市場において比較的新しい存在であり、そのことが結果としてセレブの影響力に強く依存する事態を生み出しているという。「もしファン・ビンビンが中国のファッションアイコンになるならば、中国人女性は彼女が着ているものを買い、西洋のセレブや富裕層がそうするより上手に着こなすでしょう」
posted by kisebeauty50 at 21:34| Comment(0) | 女優 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月07日

美しすぎるソプラノの山口安紀子が第49回 日伊声楽コンコルソ 2013 で第1位に選ばれ、【岡部多喜子賞】(歌曲賞)も同時に受賞

第49回 日伊声楽コンコルソ 2013 結果

第49回日伊声楽コンコルソ 
 第49回日伊声楽コンコルソ2013の本選が、7月13日(土)上野・東京文化会館(小ホール)にて開かれた。8名の本選出場者(ソプラノ5名、テノール3名)の中から厳正な審査の結果、第1位にソプラノの山口安紀子が決まった。山口は、優れた歌曲歌唱に送られる【岡部多喜子賞】(歌曲賞)も同時に受賞した。
第2位には田村佳子(ソプラノ)、第3位には鈴木玲奈(ソプラノ)がそれぞれ選ばれた。
なお本選参加者の中で、将来有望なテノールに送られる【五十嵐喜芳賞】については、本年度は[該当者なし]となった。

◆本選結果◆

第1位山口安紀子
第1位 山口安紀子/ソプラノ
賞金100万円、YKK音楽賞賞金50万円(イタリア研修の支援として)、外務大臣賞、文部科学大臣賞
読売新聞社賞、日伊音楽協会賞、日伊協会賞、イタリア文化会館賞、藤原義江賞、奥田良三賞

第2位田村佳子
第2位 田村佳子/ソプラノ
賞金30万円と読売新聞社賞、日伊音楽協会賞

第3位鈴木玲奈
第3位 鈴木玲奈/ソプラノ
賞金15万円と読売新聞社賞、日伊音楽協会賞

岡部多喜子賞(賞金10万円) 山口安紀子/ソプラノ
五十嵐喜芳賞(賞金20万円) 該当者なし

入選:読売新聞社賞、日伊音楽協会賞(五十音順)
小林実佐子/ソプラノ
城 宏憲/テノール
鈴木麻里子/ソプラノ
眞塩 直/テノール
松岡幸太/テノール

竹多倫子 宮里直樹
例年どおり、本選の結果を待つ間に行われた「特別コンサート」では、第47回優勝の竹多倫子(ソプラノ)と第48回優勝の宮里直樹(テノール)がアリアと重唱で、それぞれの成長した歌唱を披露し聴衆を魅了した。

コンコルソ協賛・協力団体

【主催】
・読売新聞社/日伊音楽協会
【後援】
・外務省/文化庁/公益財団法人日伊協会
【特別協賛】
・YKK株式会社
【特別協力】
・イタリア文化会館
【協賛】
・トヨタ自動車株式会社
・凸版印刷株式会社
【協力団体・大学】
・公益財団法人東京二期会
・公益財団法人日伊協会
・上野学園大学
・エリザベト音楽大学
・大阪音楽大学
・国立音楽大学
・くらしき作陽大学
・神戸女学院大学音楽学部
・東京音楽大学
・東邦音楽大学
・桐朋学園大学
・日本大学芸術学部音楽学科
・武庫川女子大学
・武蔵野音楽大学
(五十音順)

★◦次世代の日本オペラ界を担う人材発掘を目指して行われる、国内有数の声楽コンクールです。
◦イタリア・オペラのアリアとイタリア歌曲のみを課題曲に競われ、日本楽壇を代表する声楽家、指揮者、音楽評論家らによって、厳正に審査されます。

◦過去に、松本美和子、林康子、出口正子、市原多朗の各氏ら、日本オペラ界を代表する声楽家が、この舞台から世界へと羽ばたいていきました。近年では、佐藤美枝子さん、中島康晴さん、木下美穂子さん、野田ヒロ子さんも、このコンコルソから巣立って行きました。

◦優勝者には、賞金100万円、YKK音楽賞賞金50万円などが贈られます。
◦また、1〜3位入賞者による「特別披露演奏会(イタリア・オペラ名曲アリア・コンサート)」を実施。将来性豊かな入賞者の歌声が、読売日響の演奏をバックに、東京芸術劇場の大舞台で“デビュー”を飾ります。

出場しよう!

2013年6月17日現在、満18歳以上で日本国籍を有するか、日本在住(国籍不問)の方であれば誰でも参加できます。(学歴、音楽歴不問)

申込締切:2013年5月13日(月)必着 現金書留による郵送に限る。
※詳しくは募集要項をご覧ください。

※今年度の応募は5月13日に締め切りました。
聴きに行こう!

ニュースターの誕生の瞬間に立ち会いませんか?

入場券のご案内
1次予選全席自由 1,000円
(当日券のみ)■関西会場6月17日(月) 13:00開演
西宮プレラホール(兵庫県西宮市)■東京会場6月20日(木)、21日(金)、22日(土) 各13:00開演
イタリア文化会館 アニェッリホール(東京・九段南)2次予選全席自由 1,000円
(当日券のみ)7月5日(金)13:00開演 
イタリア文化会館 アニェッリホール(東京・九段南) 本選・表彰式全席自由 1,500円
(4月下旬より前売予定)7月13日(土)14:00開演
東京文化会館小ホール(東京・上野公園)チケット取扱
東京文化会館チケットサービス 電話:03-5685-0650 ■特別コンサート(本選終了後) ◇ゲスト竹多倫子(ソプラノ・第47回日伊声楽コンコルソ第1位)
宮里直樹(テノール・第48回日伊声楽コンコルソ第1位)■表彰式
18:30〜(予定)

〜第49回日伊声楽コンコルソ 1〜3位入賞者出演〜
特別披露演奏会(イタリア・オペラ名曲アリア・コンサート)

※チケットは各プレイガイドで6月22日(土)発売

2013年8月25日(日) 14:00開演 東京芸術劇場コンサートホール (東京都豊島区西池袋)
指揮:現田茂夫管弦楽:読売日本交響楽団ゲスト:中丸三千繪(ソプラノ)、樋口達哉(テノール)演奏曲目:●日伊声楽コンコルソ1〜3位入賞者による独唱
(コンコルソで演奏したアリアを各1曲)
●ゲストソリストによるイタリア・オペラ名曲アリア集
(ソロ・デュオ計7〜8曲を予定 )
posted by kisebeauty50 at 18:04| Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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